でんしゃ5〜6さい論理・パズル⏱すぐ

🎩 「私はうそつき」は本当か(うそつきのパラドックス)

でんしゃで、親のほうから子どもに話しかけられる会話ネタです。 下の3ステップをそのまま読むだけで、会話がはじまります。

① といかけ

AとBがいて、Aは「私はうそつき」と言いました。これって、ありえると思う?

💭 答えに詰まったら

「Aが正直者だとしたら、どうなる? うそつきだとしたら?」

それでも出てこないときは、3択にしてみましょう。

  1. ありえる
  2. どっちにしても変になる
  3. Aは正直者だと分かる

当たっても外れても、「なんでそう思ったの?」と理由を聞いてから②へ進むと会話が続きます。

② かんさつ

紙に書かなくてOK。「もしAが本当のことを言う人だったら?」「もしうそつきだったら?」と、順番に声に出して考えてみよう。

③ たねあかし

Aが正直者なら「私はうそつき」は本当になってしまい、正直者じゃなくなる。Aがうそつきなら「私はうそつき」は本当のことになってしまい、うそつきじゃなくなる。どっちにしても変! こういうのを「パラドックス」というんだよ。

🌀 もう一歩

「じゃあ『この文はうそです』は、本当? うそ?」

ここで終わらせず、もう一往復すると会話になります。

💬 こう聞かれたら

「じゃあ答えはないの?」→「そう、答えが決められないのが答えなんだ。世の中にはそういう問題もあるんだよ」

⚠️ 安全メモ

友だちを本当に「うそつき」と呼ぶ遊びにならないように、あくまでクイズとして。

🔎 もっと知りたい人へ

これは「うそつきのパラドックス」と呼ばれ、2000年以上前の古代ギリシャから知られています。20世紀に数学者ゲーデルは、この種の自己言及を使って「どんな数学の体系にも、正しいのに証明できないことが必ず残る」ことを証明しました(不完全性定理)。子どものなぞなぞに見えて、数学の限界に触れている問いです。

✏️ やってみよう

「この箱の中には何も入っていません」と箱の中の紙に書いてあったら、変なところはどこ?

こたえを見る

紙が入っている時点で「何も入っていない」は成り立たない。自分のことを自分で説明しようとすると、こういう矛盾が起きる。

🔗 ほかにも

「この文はうそである」も同じ。看板の「この先立入禁止(この看板より先)」がどこまでか分からないのも仲間。

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